漢方薬は4000年の歴史を持つ薬剤です。西洋薬と異なり、ほとんどが自然界にあるものが原料です。組み合わせにより、多くの効能が確認されていますが、薬剤効果研究について、大きな問題点があり客観的なエビデンス構築が進んできませんでした。今回は、そこに風穴を開けた論文をご紹介します。
「偽薬効果(プラセボ効果)」をご存知でしょうか。砂糖の錠剤を「薬ですよ」と言って飲み続けると、本物の薬成分は入っていないのに、病気が良くなった気になるという現象です。新薬の開発をする際、「偽薬効果」が生じないように臨床研究を行うことが求められています。一般的には「ランダム化比較試験」といった研究手法が用いられています。薬を被験者さんに渡す医師も、偽薬か本物の薬効成分が入った薬かわからない状態で、かつ見た目や臭いでも区別がつかないようになっています。研究に参加される方は、これが偽薬か本物かどちらかわからない、ということも説明を受けます。
漢方薬については、顆粒化、錠剤化の製薬技術が進み、手軽に飲みやすい形状になってきました。しかし、色や臭いが強いものもあり、技術上「偽薬」を作ることが困難とされてきました。臨床現場や研究現場では、4000年の歴史に裏付けられた安全性、効果・効能が経験的にあるにもかかわらず、病気の診療ガイドラインに掲載する際、ランダム化比較試験を行えないために使用推奨レベルが必然的に下がってしまい、もどかしい状態が続いていました。
そのような中、米国の消化器系雑誌に便秘型過敏性腸症候群(IBS-C)を対象にした、中国漢方の臨床試験が報告されました。
便秘型IBSに対する中国漢方の効果:ランダム化比較試験
Clin Gastroenterol Hepatol. 2015;13:1946-1954.
<対象>
・Rome-Ⅲ基準に該当する、125名のIBS-C患者
・オーストラリア13施設共同研究
<方法>
・ランダムに中国漢方投与群、偽薬群(1:1)に分け、8週間1日2回内服。
・その後16週間経過観察。
・主要評価項目:2, 4, 8, 16週時点での症状改善(質問紙)
・副次評価項目:4, 8, 16週時点でのIBS症状質問票(IBS-SSS)、腹部症状スケール、ブリストル便スケール
<結果>
・8週間の内服を完了した人は108名(重大な副作用出現なし)
・主要評価項目は、漢方薬群が有意に症状改善を認めた
・8週の時点で、排便時の困難度、硬い便の頻度は有意に減少した。
・IBS-QOL, 腹痛については有意変化なし
7種類の漢方薬原料を混ぜて、カプセルに詰め、同時に偽薬カプセルを用いました。この薬剤製法はこれまでほとんど報告がなく、大きな進歩です。この漢方構成に基づいた日本漢方製剤はありませんが、原材料は漢方界では一般的なものばかりです。
西洋薬も日々新しいものが開発されていますが、0から開発するにはとても長い期間と莫大な資金が必要です。また、副作用などで巨大な開発費をかけたのに日の目を見ず消えていく薬剤も多数あります。近年、漢方薬も効果がでるメカニズムについて、受容体や体内での化学的変化などについて研究が進んできており科学的エビデンスの構築も進んできています。低価格のため医療費削減に貢献する可能性もあり、今後の進展に注目です。