子供の頃、食中毒を経験した方も多いかもしれません。遥か彼方の記憶と記録が結びつける、おなかとの関係。16年後に明かされた、過敏性腸症候群との関係をご紹介します。
だんだん暖かくなると、サルモネラ菌やカンピロバクター、腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌などの食中毒が目立ち始めます。厚生労働省の食中毒事件一覧によると、平成26年の総食中毒患者数は約2万人、そのうちサルモネラ菌は440名、カンピロバクターは1893名でした。月別で見ると5月から増え始め、6-8月にピークを迎えます。(厚労省:食中毒事件一覧速報)
これらの菌は、鶏肉や井戸水、更にはペットなどからの感染が報告されています。特にサルモネラ菌は卵に付着していることも多く、卵を使った料理からの感染も有名です。因みにニワトリの卵巣や卵管に菌がいると、卵黄から卵白への感染も言われており、養鶏協会が感染予防に懸命に取り組んでおられます。(日本養鶏協会:サルモネラ感染防止マニュアル)
食べ物に「無菌状態」のものはまずありません。肉や卵も加熱処理により菌の大半は死んでしまいます。栄養面からも、私達の体に必要な栄養素が沢山含まれており、無くてはならない食物です。しかし、たまたま運悪く、集団食中毒が発生したケースが海外でも多数報告されており、いくつかの大規模事例において、長期的な健康調査が進められています。
原因菌がいなくなっても、おなかの調子がずっと悪い
スペインやカナダで起こった、お祭り時の集団食中毒患者を長期間追ったところ、IBSになる人が多いことがわかりました。進展しやすいタイプとして、女性、不安スコアが高めの人、症状が激しかった人、抗生剤を使用した人に可能性が高いことが報告されました。
子供が食中毒菌に感染した場合、将来IBSになりやすい?
IBSは10代までに症状が出ることが多く、幼少から若年期の体のバランスの未熟さが症状に影響すると言われています。ストレスだけでなく、腸管内の免疫、バリア機構、腸管神経叢などとの関連が考えられています。
もし、腸に細菌が入って、腸に激しい炎症を起こし、これらのバリア機構を壊してしまったらIBSになりやすいのか。これらが未成熟な子供の場合、やはりIBSになりやすいのか、それとも若年特有の治癒機能があるのか。イタリアのボローニャで1994年に起こった、学校給食集団食中毒事件を追った研究をご紹介しましょう。
小児期のサルモネラ腸炎は、将来的なIBSリスクファクターである
Salmonella Gastroenteritis During Childhood Is a Risk Factor
Gastroenterology 2014;147:69-77
1994年10月19日イタリア・ボローニャでツナソースにサルモネラ菌が混入し、36校の学校で食中毒が発生した。子供1684名、大人127名が感染。
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16年後、当時の子供群757名、大人群127名より消化管症状やメンタル、身体症状のQOLに関する質問票を回収、ランダムに子供群250名を選出(調査時18-25歳)。
対照群は年齢、性別、居住地を合わせた人とした。
結果
機能性ディスペプシア(FD):感染群と対照群で差異なし
過敏性腸症候群(IBS):対照群に比べて有意に増加
(p=.004, odds比1.92)
→IBSになった人は、不安やFD合併例が有意に多かった。感染時の抗生剤使用や症状の程度は関連なし。
※機能性ティスペプシア:胃の不快感や胃痛を生じる機能性消化管疾患。(説明リンク)
感染後過敏性腸症候群(Post-infectious IBS)
この研究チームは、感染後IBSについて腸管免疫・腸管神経叢の関連を積極的に研究しています。IBSはストレスと関連すると思いきや、楽しい食事の時間の感染症が原因になってしまうこともあります。この症状の原因は一体どこなんだ!と思われるかもしれません。
腸管粘膜には多数の消化管ホルモンや神経伝達物質が存在しており、腸管の炎症などでこれらがヒスタミンやセロトニンといった物質が多数放出されます。これらが腸管の神経叢を刺激して、過剰な信号が脳に伝わる説が考えられています。未成熟な神経機構に解法のヒントが隠されているかもしれません。
若年者を対象にした研究は、倫理上の問題より非常に困難です。マウスやラット研究によって、各種ストレスモデルが確立されていますが、マウスが感じるストレスとヒトが感じるストレスがどこまで似ているのか。この分野の研究進展がなかなか難しい理由の1つです。
余談ですが、無菌環境で育てたマウスはストレスに弱いとの報告があります。菌があっても腸には影響するし、なくても影響するし。腸の世界は奥が深いです。