疲れていたり、ストレスがかかっていると風邪をひきやすい。このような話を聞いたり、体験した方はいらっしゃるのではないでしょうか。感染性腸炎後、過敏性腸症候群に進展するケースが多数報告されています。どうやら、心と免疫に関係があるようです。
以前、「16年前の食中毒が…」でも記載しましたが、感染性腸炎後に過敏性腸症候群(IBS)に進展するケースが相次いで報告されています。中でも、「女性」「若年者」そして「不安スコアが高い」方々により発症しやすいと言われています。しかし、細菌やウイルス感染後の腸に対し、脳が作り出す「不安」という感情と、腸の関係について調べた研究は限られたものでした。
動物実験において、ストレスを与えると免疫系、特にヘルパーT細胞を中心に免疫系のバランスが崩れやすいことがわかっています。また炎症細胞の増加や、粘膜の透過性(菌を倒す兵隊や炎症細胞が膜のバリアを超えて通過しやすくなる)が亢進することも多数報告されています。この現象がヒトではどうなのか?感染性腸炎後の心理ストレスが、免疫バランスに関係することを報告した論文がつい最近発表されました。
心理要因が感染性腸炎後IBS)リスクを上昇させる
Gut. 2015 Jun 12. epub
<対象・方法>
2010年ベルギー地下水汚染事件のエリア住民18620名。
うち、IBS症状がなく、質問票への解答を得た968名の成人が対象。
急性感染性腸炎に進展したのは271名。採血、大腸粘膜生検を施行。
一年間の経過観察後、同検査について比較。
<結果>
若年者、上部消化管症状(機能性ディスペプシア)、不安、汚染地下水飲水者が急性感染性腸炎進展リスクあり。
事件前の不安スコアと、インターロイキン2(IL2)発現CD4 T細胞に負の相関あり。
1年後、急性腸炎に罹患した20%はIBSに進展(対象群は7%)
Th2サイトカインの表現形がIBS進展と関連あり。
IBS進展者の大腸粘膜は免疫との関連を認めず。
不安が強い人は、抗体産生や免疫抑制作用に働くIL2が少なかった
不安が強いと、各種ストレス関連ホルモンが放出され、これらが様々な炎症関連物質の産生を促します。一方、インターロイキンなどの免疫物質は、攻撃だけでなく炎症抑制にも作用することで局所でのバランスを保っています。今回、腸炎発症時に抑制性免疫の働きが弱いと、IBSに進展しやすいことが分かりました。腸に入った細菌に対する炎症反応が燃え盛りすぎて、腸の粘膜や筋層などの微細構造に影響を残す、などの可能性が考えられます。
腸管粘膜と免疫の関係
1年後の経過観察の時点で、IBS患者の大腸粘膜中の免疫物質と、リスクファクターについての関連は認められませんでした。慢性的な腸炎を生じる炎症性腸疾患(IBD)の薬剤が感染性腸炎後IBSで効果が無いことが報告されています。この背景に、腸の症状と免疫の関連がIBSとIBDで異なっていることが示唆されます。
「不安」は生物が生存していくために獲得した本能でもあります。これらのバランスが、ヒトの腸で絶妙な調節をしていることが伺われます。体中を巻き込んだネットワークと腸の関係。奥深く、同時に解明が難しい分野でもあります。